2012年1月3日火曜日

アメリカ素描

メトロの室内

 どうも仕事をするのに、自分の部屋の机の前に座っていても落ち着かない。集中力がないのだろうが、仕事の関係で外に行く機会がめっきり減り、どうもそわそわする。そんな時に僕はカフェに行きたくなる。昔から喫茶店やカフェで仕事をするのが一番落ち着く。施主の方やその他いろいろな職種の人間と話すとき、カフェを利用すると仕事がはかどる。それに決して大きい声では言えないが。。『出来る人間に見えます。。』

 しかし残念な事に、僕の住んでいる田舎ではカフェらしいカフェはほとんどない。僕の地元の多くの喫茶店では入口の脇に『K〇Y COFFEE』という青地の看板があり、その看板を見ただけで僕は敬遠してしまう。喫茶店はコーヒーや紅茶だけでなく、時間と空間が売り物だと思うのだが、看板を見てしまうとどうも感心できない。

 僕がアメリカにいた頃、大学の横にMETOROというCAFEがあった。ここのコーヒーは安くて旨い。確かスタンダードなコーヒー、例えばHouse, French Roast, Irish Creamなどは80セントから飲めたはずだ。ドーナッツやメキシカン・ブリトー、そしてスナックまで幅広く売っていた。

 しかし日本のいわゆる”カフェ”とは大きく違う。女店主はものすごく美人。決して綺麗な言葉は話さないが品があって素敵な方だった。が、赤ん坊に母乳をあげながら客をさばく肝っ玉母さんだった。お店の壁には隣接する大学の美術学生が書いた絵が飾ってあり販売もしていた。でもその絵は髑髏だったり裸体(男性の。。)だったりして、オドロオドロしい。だが、誰が買うのかその絵は30ドルで売っていたりして、美術学生にとってちょっとした小遣い稼ぎになっていたはずだ。決して日本人が考えるカフェとはかけ離れた空間になっていた。音楽も急にアフリカの民族音楽を流したり、気を緩めた時にスターウォーズのテーマ曲が流れてきたりで意表を付く。女店主は単に好きな音楽を流すのだが、そのセンスは一流だった。アルバイトの女性はタトゥーだらけでやりたい放題。しかし僕にはここが落ち着くのだ。

 僕は決してStarbucksやTully'sなどの味を否定するつもりはないのだが、チェーン店であることは間違いない。上記のお店は世界中どこにでもあり、味だけでなく外装や内装まですべて同じ。気づいていない方々もいるかも知れないが、マクドナルドと同タイプのファストフードなわけだ。もちろん値段も室内の雰囲気も音楽も一流なのだが。これでは日本全国同じ街になると思う。出来る事なら地元の景観に配慮し、地元の設計士を使ってもらいたいものだ。


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